ゲームコラム・レポート

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【映画レビュー】不覚にも『ドラクエ ユアストーリー』に感動して何回も泣きそうになったんだが【ネタバレ少し】

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ようやく『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を見ることができました。

この映画が題材としているドラクエⅤは小さい頃初めてプレイしたドラクエで、今までSFC、PS2、DS版合わせて4回クリアした、思い入れのあるRPGです。

 

なぜ『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は賛否両論の問題作なのか?それはゲーマーに対するふかい愛があるからだ - ドラゴンクエスト ユア・ストーリー

 

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に関して、様々なブログやレビューサイトなどで賛否両論(否定寄り)の意見を見て、私はラストのネタバレも知った上で覚悟をして映画を見たのですが、予想は良い意味で裏切られ、いくつものシーンで泣きそうになりながら最後まで楽しむことが出来ました。

視聴した多くの方が否定的だったラストシーンも、「スラリン」が唐突すぎてシュールではありましたが、概ね感動できる内容でした。

 

 

尺が足りないのは100%分かりきっていたので、どうせガッカリな作品なんだろうなと斜に構えて映画館に行ったのですが、これはこれで全然アリだなぁと。

今回は『ドラクエ ユアストーリー』を見て泣きそうになったシーンについてまとめます。

 

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ドラクエ ユアストーリーで泣きそうになったシーン

パパスとの冒険

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私の心の父親パパス

ドラクエⅤ最序盤に描かれる主人公と父親パパスの旅の目的、幼少期のレヌール城探検などは最初の5分程で、ダイジェストのように描かれます。

なので、パパスとの冒険のシーンは数カットしかないんですけど、この短い時間にパパスの強さと優しさがギュッと詰め込まれていました。

リュカ(主人公)が寝言で「パパは世界一強いんだ…ムニャムニャ…」と野営するカットで、早くもウルッときました。

 

船から降りて、スライム3匹に襲われてパパスが駆けつけるシーンがないのは残念でしたけど、映画でのパパスのバトルシーンが格好良かったので良しとします。

パパスが死ぬシーン

ドラクエⅤで最も代表的なシーンである「パパスの死」。

色々と端折った映画の中で、ここだけは完全に原作再現がなされていました。

 

ゲームで今まで何度も見たシーンですが、吉田鋼太郎さん、山田孝之さんらによる「ゲマ」や「パパス」の迫真の演技により、ゲーム以上にグッと来てしまいました。

プロポーズのシーン

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結構グッとくるシーンでした

サラボナに到着し、ブオーン討伐に行くまでの展開が早すぎたり、フローラとビアンカの掛け合いがイマイチ(というかフローラが個人的にイマイチ)だったのはともかく、プロポーズのシーンはかなり感動的なものになっていました。

これについては泣くようなものではありませんでしたが、原作並みにグッときた場面でしたね。

特に、「もう、その気になっちゃったんだからね!」というセリフは素晴らしかったと思います。

 

幼少期のレヌール城を、あと10秒でもちゃんと描写してたらもっと良かったのになぁ。

終盤、オーブのため過去へ行くシーン

私がドラクエⅤで最も好きなシーンに、「ゴールドオーブを手に入れるため妖精の国に赴き、過去のサンタローズにワープして幼い頃の自分と会う」というものがあります。

映画では幼少期のダイジェストの中に「妖精の国」の流れがなかったため、このシーンも全部カットなのかなぁと思っていましたが、なんと終盤でバッチリ描かれていました。

 

しかも幼い頃の自分との別れ際に、

大人の自分「坊や どんなにツライことがあっても 負けちゃダメだよ。」

 

子供の自分「うん。どんなにツライことがあっても僕は負けないよ。」

という原作でのやり取りがしっかり描写されているのです。

 

個人的にはこれだけで大満足でした。

「パパスの死」「過去の自分との邂逅」はドラクエⅤを語る上で抑えておきたいポイントなので、これがしっかり描写されてたのは嬉しかったです。

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ラスト① カセットでドラクエⅤを遊んだ思い出

Twitterなどで評判の悪い、クライマックスでの回想シーン。

ラストシーンまでの展開は、正直言ってリュカのキャラクター(性格など)に感情移入できなかったし、展開が早すぎてゲームほど没入感もなかったように思いますが、問題となっているクライマックスでは悲しいほど感情移入してしまいました。

 

主人公の名前を「リュカ」と名付けた青年の回想シーンは、私にとってのドラクエⅤそのものでした。

リメイクが出るたびにドラクエⅤを購入し、「今回だけは妻をフローラにするぞ!」とじこあんじをかけ、それでも何故か毎回ビアンカを選んでしまって、妻や子供達、サンチョとの会話を楽しみつつエンディングを迎える。

「ゲームを遊んで、ビアンカと結婚し、冒険した思い出も自分の人生の一部」という風なリュカ(青年)の言葉に感情移入してしまい、泣きそうになりました。

 

ラストの「スラリン」が渋かったし、シュールで唐突過ぎたのが残念でしたけどね。

山寺宏一じゃなくて、テロップとかでドラクエおなじみの「ポポポポポ」じゃダメだったのかな。

ラスト② ビアンカと息子がリュカを呼ぶシーン

ドラゴンクエストⅤはゲームの世界です。

メタ的にも映画的にもそういう描かれ方をされます。

 

世界が壊れるのを防ぎ、ゲマとミルドラースを倒して帰還するさなか、ビアンカと息子が大きく手を降って、

 

息子   「早く行くよ!」

ビアンカ 「変なパパだね(笑)」ケタケタ

みたいに掛け合うカットがあります。

 

私はこのシーンで涙腺が崩壊してしまいました。

 

エンディングを迎えたらリュカ(青年)は現実世界に帰らなければならないわけで、屈託のない笑顔で笑うビアンカと息子はそのことを知らないし、「平和になったその後の幸せな家庭」というのは存在しないのです。

だってこれはゲームの世界だから。シナリオにないものは「無い」のです。

 

『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に登場するビアンカは、原作のドラクエⅤでのビアンカよりも魅力的に描かれていて、「ゲームをクリアしたから、バイバイ」というのが、あまりにも切ないと感じてしまいました。

幼い頃、RPGをクリアしたときに感じた「ゲームが終わる切なさ、寂しさ」と同じ感傷を、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は見事演出できたのではないでしょうか。

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「君を、生きろ」というキャッチコピー

この映画のテーマは「ゲームや思い出に囚われず、自分の人生を生きろ」というものであったように思います。

もちろん、リュカが言ったように「ゲームの体験も人生の一部」だという反論もありましたが、やはり『君を、生きろ』というキャッチコピが全てを表しています。

 

私にとって、ドラクエⅤはもう一つの生き様と思えるくらい好きなゲームです。

未だに理想の父親像にパパスを思い浮かべるし、嫁論争ではビアンカ派を譲りません。

(フローラ派もデボラ派も否定はしませんけど。)

間違いなく自分の人生に影響を与えたゲームの内の1本ですし、当時SFC版をプレイした人達にとってもそうでしょう。

「ドラクエ ユアストーリー」を見終わったときの感覚は、まさしく初めてドラクエⅤをプレイしたときのような懐かしい切なさでした。

 

映画を見た人によっては「エンタメで説教するな!」「余計なことを言うな!」「思い出のゲームをメチャクチャにするな!」と思うのでしょうが、私は全然アリだと思います。

だってこれは「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」なのであって、「ドラゴンクエストⅤ-天空の花嫁-」ではないから。

「ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」ですらない。

「ドラクエⅤ」をもう一度体験したいなら、スマホで1,200円払ってダウンロードすればいいのです。

 

また、「これ、ドラクエⅤじゃなくていいじゃん。」という意見もありますが、むしろ1人の青年の人生を描くドラクエⅤだからこそ、人生をテーマにして感情移入できる映画です。

私のように幼い頃にドラクエⅤを遊んで、人生を重ねたことがある人には刺さるでしょうし、単にドラクエが好きという人には説教臭い駄作になるのでしょう。

 

Twitterでは原作を壊された!とお祭りのように炎上していますが、怒っている人たちはどれほどドラクエⅤが好きなのでしょうか。

映画に憤っている方にこそ、今一度ドラクエⅤを遊んでもらいたいと思います。

 

今改めて遊んでも、多分そんなに面白いゲームじゃないと思うよ。

 

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