彼岸から見た景色

思ったことを適当に描いてみるエッセイ

1億人というとてつもないパワー

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最近、仕事の合間に日本地図を見ている。

近くのホームセンターで2019年版の「こども日本地図」なる本がワゴンに積まれていて、興味を惹かれて購入してみた。

元の値段が1,300円のところ680円で入手できたのでお得感のある買い物だった。

 

私だけかもしれないが、青森県に住んでいると東北6県と新潟県、他は沖縄と東京くらいしか都府県の位置が浮かばなかったりする。

関東や関西の都市部と違って、本州最北端である青森県では東北以外の人との交流はほとんどないし、必然的に他県のニュースを見る機会が少ない。

私は6年程千葉県に住んでいたので千葉県の位置はマスターしていたのだが、北に茨城県があるとか、東京の西は神奈川県だとかはあんまり分かっていなかった。

ネットスラングとはニュアンスが違うが、文字どおり義務教育の敗北である。

 

関東方面でもその有様なので、中部や近畿地方にもなると未知のエリアになる。

地図とにらめっこするまでは大阪や京都府の位置も怪しかったし、まだ地図のページをめくれていない四国の4県はどこに何があるのか分からない。

悪い意味で香川県は有名になってしまった*1ので四国のどこかにあることは把握しているが、職場の人との話題でも四国のどこに何県があるかクイズになるほど、青森県民には難問になっている。

 

こういったどこに何県があるのか?というのは、地域ごとにパッと出てきにくい地方名や都府県名があるんだろうなと思う。

例えば九州の人は近畿や中部地方はわりかし覚えてるけど、東北地方になってくると県名が全然分からないとかそんな感じ。

まぁでも青森県はわりかし認知されやすいように思うのは傲慢だろうか。

本州最北端で覚えやすいんじゃないかとは思うんだけど、本州最南端が和歌山県だとか最西端が山口県だとかは私も今ググって知ったので自信がなくなってきた。

 

こうして地図を眺めて、関東の山間部や近畿地方の奥ばった半島にあるような町村を見てみると、あらためて日本にはとてつもない数の人が暮らしているんだなと実感する。

青森県にも「誰がこんなとこを通るんだ?」と思うような舗装道路や、観光客があまり来ないような場所にあるオブジェといったものは沢山あるが、地図を見ると他県にもそういう構造物が無数にあるんだろうなと思うし、それを作った人やそこに根付く人たちも沢山いるのだと思う。

私が認知していないだけで青森県のねぶた祭りのような大きな行事も他県には山ほどあるのだろうし、知れば知るほどこの世界の広さを思い知り、異国のように胸を馳せてしまう。

 

逆に私の住んでいる世界は、この日本を見渡せばとてつもなく小さい世界なのだろうなぁ。

他に居場所があるのかどうかはまぁ置いといて。

 

今私が駄文を綴っている間にも、日本に住む1億人余りのそれぞれにドラマがあって、誰かが産まれたり死んだり、古いものを壊したり新しいものを建てたりなど、とてつもないパワーで日本の様々なものが変わっているのだろう。

私が認知し得るのは私の身の回りと、旅行へ行った際などに目にするような、ほんのひとつまみのものだけだ。

世界どころか、日本という国の中のことでさえ私が知りうるのは1%にも満たないと思うと、なんだかとても愛おしくなる。

今目に留まった山口県の秋芳洞や、佐賀県の虹の松原といった観光地ですら、私は終ぞ行く機会がないのだろうし。

 

私が一生認知しない場所で、誰かが泣いたり笑ったり、頑張ったりしている。

ネットで色んなものが繋がり、情報で溢れた時代とはいえ、それでも世の中には私の知らないことで溢れている。

私はこの先死ぬまでの間に、1億人で作り上げるパワーの何万分の一と出会うことができるのだろう。

 

*1:ゲーム条例関連